●健康って?

前回は、「総合診療科(家庭医、プライマリケア医)って?」を寄稿しました。
今回は健康とは何かについてあらためて考えていきます。

みなさん、病院には何のために通っていますか、定期健診は何のために通っていますか?

みなさんが医療を受ける時の理由は様々だと思います。職場の健診で異常といわれたから、体のどこそこが痛いから、病気になるのがこわいから、はたまたどうして通い始めたかはすっかり忘れてしまった、などなど。

では私たち医師の仕事は何でしょうか。医師法第一条にはこんなことが書かれています。

『医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。』

公衆衛生とは、集団の健康を取り扱うものなのです。なので、公衆衛生云々書かれていますが、この医師法の言いたいところは、とどのつまり『医師は国民を健康にしてね』ということで概ね間違いないでしょう。

僕ら医師は病院に通う患者さんの理由は多々あれ、患者さんの健康を確保しなくてはならないようです。巷でも、薬局にかぎらず、スーパーや新聞やテレビでも『健康食品』『健康講座』『健康寿命』など『健康』について目にすることは多く、『健康』に対する関心はみなさん高いことが伺えます。

では健康とは何でしょう?

実は健康とは何かは、世界中で1つに決まっていない概念なのです。

これまでの『健康とは何か』のひとびとがどのように考えたか遍歴をたどってみましょう。

WHO(世界保健機構)は1947年に

『健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱 の存在しないことではない。』

(1998年に、スピリチュアルにも、動的に(dynamic)という言葉が追加されています)

この定義が出た時代は1947年で、第二次世界大戦のあとです。それまでは、感染症や戦争でなくなることが多かったので、健康とは単に病気でないことや死なないことだった時代です。なので、この定義は単に身体的な疾病や病弱でないことが強調されています。

さて、この健康の定義ですが、聞こえはよいし、みんなでこの定義の健康を目指すのも悪くはなさそうなのです。

しかし、例えばですが、アフリカなどの少数部族の人たちが、もしかしたら電気もない環境に住んでいて、部族の宗教や言語を守るために、近代文明を拒んでいるとしましょう。部族の人たちの平均寿命は私たちより短いかもしれませんが、その人生を短いとは思わず、満足して過ごしているとしましょう。

この部族の人たちをWHOの定義でみると、寿命も短いし、電気もないし、身体的にも社会的にも完全に良好な状態とは言えないので、『健康』ではないことになってしまいます。果たして、この部族の人たちは不健康なのでしょうか。

もうひとつ例をあげます。生まれながらに難病を持って、人工呼吸器などの医療処置がないと命を保てない方々がいます。身体的に完全に良好な状態とは言いにくいですよね。では生まれながらに難病があれば一生健康にはなれないのでしょうか。

さらにもうひとつ。現在も医療技術は発展し、日本人の寿命は伸びています。戦後すぐは平均寿命が50歳位でしたが、2020年では男性 81.6歳、女性  87.7歳です。これからも伸びるとは言え、伸びる余地はかなり少なくなったのではないでしょうか。

日本において、80〜90歳で、老衰に近いかたちで寿命を迎える方たちは、身体的に完全に良好な状態ではないので『健康』ではないことにしていいのでしょうか。

このWHOの健康の定義に異を唱えた人がいます。オランダ人のヒューバーさんで、『ポジティヴ・ヘルス』の概念を成立させた人です。(『ポジティヴ・ヘルス』については、別稿に譲ることとします)

ヒューバーさんは、健康のコンセプトとして、以下のように定めています。

『社会的・身体的・感情的問題に直面したときに適応し、みずから管理する能力としての健康』

少し分かりにくいのが欠点でしょうか。言い換えれば、「病気や精神的なストレスがあっても自分でなんとかできて前向きでいるなら、それは健康」といった感じでしょうか。私にはこっちの定義の方がWHOの定義よりもしっくりときますし、目指す価値があると感じます。

このように、私たち医師は、国民の健康を確保しなくてはいけないのですが、健康の定義自体が定まっておらず曖昧という状況なのです。(恥ずかしいことに)

健康は概念なので、みなさん思い思いのものでよいのかもしれないです。

ただ、これは私の私見でしかないのですが、『長生き=健康』と思い込んでいると、今の所人間は不老不死ではないので、いつかは不健康になってしまいます努力しても叶わないし最後に裏切られてしまいますのでおすすめはしません。

病気があると不健康で不幸という考え必ずしもそうではないことはここで強調しておきます。

今回の記事がみなさんにとって健康とは何かを考え直すきっかけになれば幸いです。

私自身は健康を『今生きていることに感謝していること、もしくはこれまでの人生に満足していること』と思っています。なにか宗教めいた感じがしますが、「長生き健康」教よりはすがり甲斐がありそうじゃないですか。

あらためてみなさんにとっての健康とは何でしょうか?どうして病院や健診に通うのでしょうか?

今一度考え直すことが、『健康』への一歩目かもしれないですね。

次回は、「ポジティヴヘルス」というテーマでお話させていただく予定です。

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